東京高等裁判所 昭和44年(う)1465号 判決
被告人 梅田正夫
〔抄 録〕
被告人の論旨は、要するに、原判決は事実を誤認している。すなわち、被告人は、原判示交差点に差しかかり、左斜前方約二〇米ないし約一八米の地点(すなわち、交差点東側入口に設置せられている一時停止標識より更に約四米東方の地点)に、左方道路から走行してきた大谷清利運転のタクシーを発見したので、急ブレーキをかけると共に、激しく警笛をならしながら、自車の左前方を徐行中の軽四輪自動車を原判示交差点内で追い抜き(原判決認定のように交差点手前で追い抜いたのではない。)、右タクシーより先に交差点内に進入したところ、右大谷車は、無謀にも右一時停止標識を無視し、一時停止をしないばかりでなく、逆にアクセルを猛烈にふかせて交差点内に進入したため、被告人車の前部と大谷車の右側面(客席ドアー部)とが衝突したものである。換言すると、本件事故の原因は、被告人の進路の方が大谷車の進路より幅員も広いから優先権があり、しかも被告人車の方が先に交差点に進入しているので、大谷車は被告人の進路を妨害してはならないのに、大谷車はこれらを無視し、あまつさえ、一時停止標識に従つて一時停止をせず、猛烈な神風運転をして交差点に進入した過失に基くものであつて、被告人には何らの過失はないから被告人は無罪である。原判決は、原判示交差点手前において、被告人の左前方を同方向に進行中の軽四輪自動車が徐行しており、同車の前方を左方から進出する車両があることが予測されるので、徐行して同方に対する安全を確認すべき注意義務がある旨判示しているけれども、これは結果論であつて、これを以つて被告人を責めるのは、不合理である。なぜなら、右先行車が徐行する理由は、例えば、車両の具合が悪いこと、運転者が道路の地理に不案内であること、乗客を降ろす必要があること、運転未熟であること等種々考えられるから、先行車が徐行したからといつて、必ず左方から進出する車両のあることを予測し徐行すべしというのは、牽強付会の議論であるといい、弁護人の所論は、本件事故は、被告人は歩車道を含め幅員一八米の優先道路を進行していたのに、幅員は七・九米で狭く、かつ、一時停止標識の設置せられている路地を進行して来た大谷車が、左右の安全を確認することなく交差点に進入した一方的過失に基くものであり、大谷車が右標識に従つて一時停止をしたとしても、左右の交通の安全を確認しない以上、一時停止をした意味はないのであるから、大谷車がこの確認を怠つた過失は大であり、一方、被告人は、右一時停止の標識の存在を知つていて、大谷車が一時停止をした上、左右の安全を確認して発進してくれるものと信頼していたのであるから、信頼の原則により、被告人には過失はないというべきである。原判決は、極めてあいまいな、しかも矛盾を包含する証拠を採用したのみならず、証拠の価値判断を誤つた結果、重大な事実の誤認をしたものであるから、破棄を免れないと主張する。
よつて、按ずるに、
先づ、本件交差点およびその付近の状況について見るに、司法警察員作成の実況見分調書、当審検証調書、当審証人杉原芳雄に対する尋問調書の供述記載によれば、本件の川崎市川中島一の一の一一番地先の交差点は、ほぼ南北に通ずる歩車道の区別のある幅員約一八米の道路(車道の幅員は約九米で、その両側に幅員約四・五米の歩道がある。)と、ほぼ東西に通ずる歩車道の区別のない道路(交差点に東方から交わる道路は、幅員約七・九米で、西方から交わる道路は幅員は約五・八米)とが交わる交差点であつて、交通整理は行われていない。南北に通ずる道路の両歩道が、交差点に交わる部分は、丸形に隅切りがなされている。右交差点への東西からの入口には、一時停止の標識が各一個設置せられている。現在は廃止されているが、本件事故当時には、右交差点の北側入口には、横断歩道とその更に北側に停止線が、それぞれ白色で表示されていた(当審検証当時においても、その痕跡が残つていた。)南北道路および東西道路には、右交差点に至るまで、住宅、商店等が櫛比している。そして南北道路には、両側歩道上に、車道に接近してポプラの街路樹が一列に植えてあり(被告人は、当審において、本件事故当時は、この街路樹は植えてなかつたと供述しているが、これは誤りである。)、また、本件事故当時は、右交差点東北角の歩道上に、杉原芳雄方居宅のブロツク塀に接して、その西側に、幅約一・五米、高さ約二・四米の、婦人交通整理員(緑のおばさん)の休憩用ボツクスが置かれてあつた。なお、南北道路の車道中央には、白色の中央線の表示がなされており、右交差点付近には右中央線に沿うて黄色の追越禁止の表示が、南北から右交差点に向けてなされている。
次に、被告人が進行した北方道路から、左方道路、すなわち、大谷清利が進行してきた東方道路に対する見とおし状況について見るに、当審検証調書によれば、右交差点北側入口に表示されていた横断歩道の北端から北方約一五米の中央線付近の地点(被告人が当審の検証の際、大谷車を初めて発見した地点と指示した地点。当審検証調書添付図面の<1>の地点)から、東方道路に対する見とおしは、前記杉原方のブロツク塀と婦人交通整理員の休憩用ボツクスによりさえぎられ、右<1>の地点と交差点東側入口の一時停止標識より東方約三・五米の地点(南北道路の車道東端の見透し線からは、東方約七・八米の地点。右検証調書添付図面の乙の地点)を結んだ線の西側部分しか見とおすことができない。従つて、この程度の見とおし状況では、北方道路から東方道路への見とおしは、よくないと認めざるを得ない。被告人は、本件現場の視界は、八十一度であるから、ビルの谷間のように見透しが悪くはないと主張するが、当審検証の結果によれば、見とおし状況は前述のとおりであるから、被告人の右主張は採用の限りでない。
次に、南北道路と東西道路との幅員の比較であるが、前述のとおり、南北道路の車道の幅員は約九米、東方道路の幅員は約七・九米、西方道路の幅員は約五・八米であり、客観的には南北道路の幅員が広いけれども、南北道路と東方道路との幅員の差は、僅か約一・一米に過ぎないし、その上前記の様な街路樹や歩道の隅切りの関係もあつて、南北道路の方が東方道路より一見して明白に広いとは認め難い、すなわち、南北道路が、道交法三六条二項にいう明かに広い道路に当たるとは、いい難い。尤も、この点に関し、当審証人平井克侑に対する尋問調書の供述記載によれば、同証人は、南北道路の方が東西道路に対し優先道路である旨供述しているが、これは、東西道路には交差点入口に一時停止標識が設置せられているので、東西道路の車両に対し、南北道路の車両の方が優先通行権がある趣旨を供述したに止まるものであつて、南北道路の車両は、右交差点における徐行義務を免除されるとの趣旨を供述したものとは認められない。
果して然らば、本件交差点は、交通整理の行われていない見とおしの利かない交差点であるから、この交差点を北方から南方に通過しようとする車両は、道交法四二条により徐行義務があるといわねばならない。尤も、自己の進行する道路が、道交法三六条により優先道路の指定を受けているとき、または、その幅員が交差する道路に比し明らかに広いため、同条により優先通行権が認められているときは、直ちに停止することができるような速度にまで減速する必要のないことは、昭和四三年七月一六日最高裁判所第三小法廷判決(刑集二二巻七号八一三頁)の判示するところであるが、本件の場合、南北道路は、道交法三六条の優先道路の指定を受けていないし、また、東方道路に比し明らかに広い道路であるとも認め難いことは前述のとおりであるから、道交法四二条の徐行義務は解除されないものというべきである。そして、このことは、東西道路の本件交差点入口に一時停止の標識が設置されていても同様であると解すべきである。なぜなら、道交法四二条は、対車両同志の関係のみでなく、交差点を横断する歩行者との関係の危険防止をも目的として徐行義務を課したものであるから、東西道路に一時停止の標識があるため同道路の車両に対し優先通行権があるからといつて、道交法四三条の規定が同法四二条の徐行義務までも免除したものと解するのは、相当でないからである。ことに、本件の如く、幅員約九米、約七・九米という余り広くない道路が交差している場合には、尚更であるといわねばならない。
そこで、本件における被告人の車両運転について見るに、原判決の掲げる証拠および当審に於て取調べた被告人の司法警察員に対する供述調書、当審証人大谷清利、同平井克侑に対する各尋問調書の供述記載によれば、被告人は、原判示日時頃前記南北道路を北から南に向け時速約四〇粁で直進し、本件交差点に差しかかり、交差点北側入口の横断歩道の手前において、自己の左前方を同方向に走る軽四輪自動車が徐行しているのを認めたが、減速ないし徐行をせず右時速約四〇粁のままで追い抜きを初め、右横断歩道の手前約四、五米の地点でこれを追い抜き、それと同時に、左方道路、すなわち東方道路から交差点に進入してくる大谷清利運転のタクシーを左斜前方約一一・三米に認め、危険を感んじ直ちに警笛を鳴らし急停車の措置をとつたが、間に合わず、自車の前部を大谷車の右側後部ドアー付近に衝突させたこと、衝突地点は交差点内ではあるがその中心点を越えた南方部分であり、被告人車は右衝突地点近くに停車したが、前記横断歩道の手前(北方)から交差点内に向け、約八・六米のスリツプ痕を残して停車したこと、大谷車は、スリツプ痕は残していないが、衝突地点より西方に約一〇・一米進行して停車したことが認められる。
そこで、被告人の右運転における過失の有無について検討すると、先づ、徐行義務違反の点であるが、本件交差点は交通整理の行われていない見とおしの利かない交差点であるから、徐行義務のあることは前述のとおりであり、いかに制限時速の範囲内であるからといつて、制限時速一杯の時速約四〇粁で本件交差点を通過しようとしたのは、速度が早過ぎたとの非難は免れない。すなわち、被告人車の前記スリツプ痕に徴しても、被告人は、本件交差点入口の前記横断歩道手前で急制動を施しながら、交差点の中心点を超えて漸く停止する(大谷車との衝突がなければ、更に南方に進んで停止している筈である。)程の速度で、本件交差点を通過しようとしたことが明らかであるから、危険な速度であつたというべきである。次に、左前方の先行車の追い抜きの点であるが、北方道路には本件交差点に向けて黄色の追越禁止の表示がなされていることは、前記のとおりであり、勿論追越しと追抜きとは異なるものであることはいうまでもないが、しかし、後車と前車とが並行して進行する状態となることは両者とも共通しているのであり、従つて交差点近くの追越し禁止場所においては、追越しに準じて追抜きを避けるか、追抜きをするとしても徐行をして慎重にこれをなすべきであるといわなければならない。なぜなら、東方道路から進行してきた大谷においては、北方から本件交差点にかけては追越し禁止場所であるから、北方から追越しをして本件交差点に進入する車両はないと期待するのは当然であり、従つて、また、追越しと同様に二車両並列進行の状態を呈し追越しと全く同じ状態となり、これと区別のつかないような追抜き車両もないと期待するのも、強ち無理ではないからである。原審証人大谷清利が、原審第三回公判廷において、「この事故は、私の過失だけとは考えておりません。少くとも交差点では徐行し、その近くでは追抜きをしないようにして貰いたいと思います。」と証言しているのは、この間の事情を説明して余りがあり、十分首肯できるところである。さらに、左方道路の交通の安全確認義務の点であるが、被告人は、自車の左前方を先行していた車両が、本件交差点の北側入口の横断歩道手前で徐行しているのを認めたのであるから、このような場合においては、自動車運転者としては、先行車は、左方道路から車両が進出してくるのを認めて徐行するのではないかと予測するのが当然であり、被告人自身も、原審第二回公判廷で、先行の軽四輪自動車が徐行した理由は、タクシーが左側道路から接近してくるのを発見したからだと感じたことは間違いないと供述している位であるから、徐行して左方道路に対する安全を確認すべき義務があつたといわねばならない。この点につき、被告人は、それは結果論だとか牽強付会の議論であるというが、後日の弁解であると認められ採用できない。これを要するに、被告人は、原判決の判示するように、本件交差点の手前において、左前方を同方向に進行中の軽四輪自動車が徐行しており、同車の前方を左方から進出する車両があることが予測されるので、徐行して同方向に対する安全を確認する注意義務があるのに、これを怠り時速約四〇粁で右軽四輪自動車を追い抜いて右交差点に進入したのは、本件事故に直結する過失であるといわねばならない。
(井波 足立 丸山)